AI(人工知能)を用いた洪水予測システムを開発
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2015年の鬼怒川の水害や2018年の西日本豪雨災害など、河川の氾濫による災害が近年増加しています。これらの被災を免れるためには、事前の水位予測とその情報活用が課題になっています。
日本工営が開発する、最先端の水位予測モデルについてご紹介します。
洪水予測とは?
現在、国土交通省や気象庁、自治体により主な河川でのリアルタイム洪水予測が行われており、大雨時の避難勧告・避難指示の発令などに役立てられています。しかし、数時間先の水位を正確に予測することは容易ではなく、2015年の鬼怒川の水害では、多くの住民が逃げ遅れてヘリコプターで救助される様子が話題になりました。大雨時、川の水位を前もって予測することができれば、洪水時の円滑な避難に結び付き、洪水時の被害軽減に役立てることができます。
「力学的な」水位予測モデルと「統計的な」水位予測モデル
現在、全国の多くの洪水予測システムで用いられているのは、様々なタイプの「力学的な」水位予測モデルです。力学的モデルでは、降雨から浸透、地下水流動、表面流動および河道への流れ込み、河道での流下過程などの降雨―流出プロセスを計算モデルによって算出します。
もう一つのアプローチは、「統計的な」水位予測モデルです。たとえば、上流で大雨が降れば、しばらくして川の水位が上がることは容易に予想できます。同様に雨と出水を何度も観察していれば、次第に雨の降り方から洪水規模が予測できるようになるでしょう。さらに、上流の水位情報を加味できれば、より正確な予測が期待できます。このように、洪水時の雨や水位のデータを蓄積し、データ同士の関連を統計モデルによって表現できるように「学習」したものが、統計的な水位予測モデルです。代表的なモデルとして、ニューラルネットワークが1990年代ごろから研究・活用されています。
深層学習を用いた水位予測手法
1級河川をはじめとした我が国の主な河川では、多数の雨量観測所・水位観測所が設置されています。水位予測の精度向上のためには、上流域の雨の分布や時刻歴、および河川水位の分布や時間歴など、さまざまな情報を考慮する必要があります。
しかしながら、ニューラルネットワークによる学習能力には限界があり、あまりに多数の観測地点データを扱うことはできません。そこで、より階層を増やした深層ネットワークを用いて、自己符号化器による事前学習など深層学習の手法を適用することにより、水位予測モデルの性能の向上が期待されています。
深層学習による水位予測の適用事例
予測対象地点は、宮崎県に位置する大淀川水系の樋渡水位観測所としました。過去25年の主な洪水について、雨量と水位の関係性を学習しました。学習に用いたデータは、流域内の水位・雨量観測所の観測データです。モデルに入力するデータは、上流観測所の雨量や水位変化としました。モデルからの出力は、例えば現在から6時間後までの水位変化としました。なおモデルの出力は予測時間に応じて設定することが可能で、ここでは1~6時間先までを予測する6つのモデルを構築しました。
精度評価の結果、本事例では深層学習モデルが最も予測誤差が小さく、従来型のニューラルネットワークや力学的な手法を上回る精度となりました。
さらに他の検討地点も加えて、入力データの数を変えた場合のケーススタディを行いました。従来型のニューラルネットワークでは、入力データ数が増えるに従って誤差が増大しています。これは学習能力の限界によるものであり、従来からこのような現象が知られています。これに対し、深層学習では入力データの増加を有効活用し、精度向上を実現しています。このように、より多数の観測情報が活用できる場合には、特に深層学習の優位性が大きいと考えられています。
今後のさらなる展開
開発した水位予測手法は論文として発表され、平成28年度に土木学会より水工学論文賞を受賞しました。これは同年度に投稿された231編の論文の中から1つだけ選ばれたものであり、水工学の分野では最も権威ある賞の一つになります。なお、この賞は平成10年度から継続されていますが、これまでの受賞者はほとんどが官学の研究者であり、民間企業の筆頭著者としては初の受賞となりました。また、その後も様々な条件での解析が行われ、さらなる改良・拡張が重ねられています。例えば、統計的な水位予測の課題として、未経験の洪水規模に対する予測精度が担保されないことがあります。この対応として、日本工営では深層学習モデルと力学的モデルとを組み合わせたハイブリッド手法により、統計モデル全般の課題である物理特性に対する脆弱性を補い、予測精度を高める方法を研究しています。この手法は、全国に現存する既存の洪水予測システムから拡張することが可能で、既存の計算機資産・モデル資産を有効活用しながら洪水予測の高度化を図ることを目指しています。
今後はそのほかにも、レーダー雨量の活用や、ダム運営への応用など、深層学習を用いた洪水予測技術を軸としてさまざまな課題に取り組んでいきます。
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